災害の記憶

1938(昭和13)年7月、阪神地方を豪雨が襲う。毎時400ミリメートルを超える雨が降り河川が決壊、土砂崩れや土石流などが相次いで起こった。この災害による死者は715人、東灘区(当時は武庫郡)だけでも死者は48人で、阪神淡路大震災が起こるまでは未曾有の大災害だった。これを機に、遅れをとっていた砂防政策は兵庫県から国に移管され、現在の国土交通省六甲砂防事務所(当時・内務省六甲砂防事業所)が設置されるに至った。(参考:Wikipedia)


掲載画像は、神戸市情報マップの「阪神大水害80年デジタルアーカイブMAP」より転載。


▼神戸市情報マップ


現在の、ちょうどこの辺りです。

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